【イクノディクタス・出走51戦鉄の女!賞金女王にも】ウマ娘の元ネタ競走馬解説

アニメやスマホゲーム『ウマ娘プリティーダービー』のおかげで、競馬業界が盛り上がっていますね。

ウマ娘には、多くが史実になった競走馬が元ネタになっています。その元ネタの競走馬を、ウマ娘のエピソードと交えながら、まとめます。

なお、2022年4月現在、育成未実装の競走馬を中心にしています。

鉄の女」イクノディクタス死す 92年オールカマーなど重賞4勝 | 競馬ニュース - netkeiba.com

出典:ネット競馬 様

“51戦走った鉄の女”
イクノディクタスです。

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【イクノディクタスとは!?】ウマ娘の元ネタ競走馬解説

プロフィールについて

イクノディクタス
生誕日:1987年4月16日
性別:牝馬
毛色:栗毛

父親:ディクタス
母親:ダイナランディング
母父:ノーザンテースト

生産者:高田栄治
馬主:勝野憲明
調教師:福島信晴

デビュー日:1989年7月23日
最終レース日:1993年11月14日

生涯成績:51戦9勝(9.8.5.29)
獲得賞金:5億3112万4000円※当時の賞金女王

特徴:
約4年半現役故障せず51戦走り抜ける
1400m~2500m距離不問で重賞レースに出続けた
強かったのは2000m付近か
優勝はGⅢまでだが、晩年にGⅠ2着に
先行レースが多いが、GⅠ2着は後方待機

父親のディクタスは世界的に有名な競走馬です。フランス生産で、1969年より現役生活を送り、GⅠを勝利するなど17戦6勝の成績、1972年より種牡馬生活に入り、1980年に日本に輸入。サッカーボーイなど、GⅠ優勝馬を輩出しています。

母親のダイナランディングは現役時代8戦1勝ですが、父親が日本大種牡馬のノーザンテーストでした。

父親ディクタス×母父ノーザンテーストは、当時のニックス配合(黄金配合)と呼ばれていました。イクノディクタスは、比較的良血馬とされています。

デビュー前:屈腱炎で安楽死目前…は嘘!?

1988年夏、セリ市で930万円で購買されました。一般人からすると高い額ですが、競走馬のセリの中では比較的安い方です。同じセリでは、後の(当時)賞金女王ダイイチルビーが1億円で落札されています。

デビューを控えた1989年に、脚に故障をしてしまいます。しかも”競走馬の癌”と言われる厄介な屈腱炎です。筋繊維の変質で走るごとに痛みが生じ、完治が難しく再発しやすい。多くの名馬が、引退に追い込まれます。

テレビアニメウマ娘プリティーダービー2期では、メジロマックイーンが現役引退に追い込まれていますが、史実通りです。

デビュー前で、何も実績がないイクノディクタスは安楽死処分が検討されたほどでした。そこに救世主が現れます。

「骨折以外の脚の故障は装蹄で治せる」という持論を持った装蹄師の福永守さんに相談、彼の手によって、競争に問題ないレベル前回復したといいます。

その後、現役生活で、一切故障せずに51戦を走り抜いたとして、イギリスの政治家さんになぞらえ”鉄の女”と言われたイクノディクタスにこんな出来事があったと言われます。

とはいえ、真偽は不明です。情報は、ヤングジャンプ・コミックスに掲載された集英社の優駿たちの蹄跡から。漫画家の悪意のない創作ではないかと。屈腱炎も簡単に治るものではありませんから。おそらく違うのではというのが主の思うところです。

ウマ娘 新サポートピックアップ!SSRイクノディクタス&SRファインモーションの性能と感想! : 寝狐のウマ中心的趣味部屋ブログ

出典:ウマ娘プリティーダービーサポートカード

とはいえ、アプリゲームウマ娘のサポートカードで、イクノディスタスの「心と足元は温かく」なんてあります。もしかすると、この逸話からかもしれません。一応頭の隅に置いとくくらいでいいかもしれません。

89年90年:デビュー2年目で重賞レース上位に

デビュー…しますが、最初の頃は、正直目立っていません。ですので、一気に行きます。

1989年
7/23 3歳新馬芝1000m 1着(西浦騎手)
8/19 フェニックス賞(OP)芝1200m 1着(西浦騎手)
9/3 小倉3歳S(GⅢ)芝1200m 9着(西浦騎手)
10/14 萩S(OP)芝1200m 6着(西浦騎手)
11/11 デイリー杯3歳S(GⅡ)芝1400m 5着(西浦騎手)
12/10 ラジオたんぱ3歳牝馬S(GⅢ)芝1600m 3着(西浦騎手)

1989年7月に鞍上西浦騎手でデビューを果たします。初戦を勝ちあがると、続くフェニックス賞と連勝。9月に早くも重賞レース小倉3歳Sに挑みます。2連勝とうこともあり、単勝1倍台の1番人気に支持されますが、9着と大敗します。

その後、オープンレースを挟んで、重賞レースに連続して挑戦。11月GⅡデイリー杯3歳Sに挑戦し5着、12月GⅢラジオたんぱ3歳牝馬Sで3着。重賞レースでは過去最高の着順で終えます。

1990年
3/18 報知杯4歳牝馬特別(GⅡ)芝1400m 11着(西浦騎手)
4/8 桜花賞(GⅠ)芝1600m 11着(西浦騎手)
4/29 サンスポ賞4歳牝馬特別(GⅡ)芝2000m 6着(中舘騎手)
5/20 優駿牝馬(GⅠ)芝2400m 9着(中舘騎手)
9/30 サファイヤS(GⅢ)芝1700m 3着(村本騎手)
10/21 ローズS(GⅡ)芝2000m 2着(村本騎手)
11/11 エリザベス女王杯(GⅠ)芝2400m 4着(村本騎手)

翌1990年は、クラシック牝馬シーズンとなります。桜花賞は、前レースに使ったGⅡ報知杯は11着となったことで、単勝100倍台の18番人気となってしまいます。何とか11着に入り、実績からすると頑張った形になります。鞍上中舘騎手に変更となった、優駿牝馬は、こちらも18番人気に。9着と、こちらも苦戦します。

休養後、(途中入れ替わりあるものn)主戦騎手となる村本騎手鞍上で、GⅢサファイヤSで3着に!さらにGⅡローズSで2着と、重賞レースで初の連対入りとなります。

当時3歳牝馬限定のエリザベス女王杯では、GⅠ過去最高位となる4着に食い込みます。この年は勝利を収めることはできなかったものの、距離が伸びていった中、しっかり順位を保っていたのは、良い傾向でした。

91年:8か月で12戦!京阪杯で初重賞制覇も!

ここから、”鉄の女”ぶりが徐々に発揮されることになります。91年は12戦していますが、よくみてみましょう。

1991年
1/27 京都牝馬特別(GⅢ)芝1600m 7着(松永騎手)
2/9 すばるS(OP)芝2000m 4着(武騎手)
2/24 マイラーズC(OP)芝1700m 3着(松永騎手)
3/23 コーラルS(OP)芝1400m 1着(松永騎手)
4/21 京王杯スプリングC(GⅡ)芝1400m 11着(松永騎手)
5/12 京阪杯(GⅢ)芝2000m 1着(村本騎手)
6/2 阪急杯(GⅢ)芝1400m 10着(村本騎手)
6/16 金鯱賞(GⅢ)芝1800m 7着(村本騎手)
7/14 小倉日経賞(OP)芝1700m 3着(村本騎手)
8/4 北九州記念(GⅢ)芝1600m 2着(村本騎手)
8/25 小倉記念(GⅢ)芝2000m 3着(村本騎手)
9/15 朝日チャレンジC(GⅢ)芝2000m 2着(村本騎手)

なんと1月から9月の間に12戦一気に走り切っているのですね。中2週間か1ヵ月ほどの間隔で出ています。重賞レース挑戦も増えてきた中ですから、身体が丈夫です。

松永騎手、武豊騎手も1度乗る中、3月コーラルSで3勝目。約2年ぶり勝利を飾ると、村本騎手に戻った5月京阪杯で初重賞制覇!その後も何銭か行い、重賞3着以内を3戦連続続けます。走れば走るほど少しずつ強くなってきていますね。

なお、8/25小倉記念は、1着はナイスネイチャ。ウマ娘アニメ2期では、チームメイトの一人になってます。この他にも、2/24マイラーズではダイタクヘリオスの3着。ウマ娘化されている競走馬との対決も増えています。

92年:夏に重賞3勝!秋はGⅠ4連戦!合わせて16戦!!

凄まじい出走回数だったのは、92年。GⅠレースを選択する場面が増える中、1シーズンフルで16戦!なんと1ヵ月に1戦以上ずっと出場し続けました。

1992年
2/2 関門橋S(OP)芝2000m 2着(内田騎手)
2/23 小倉大賞典(GⅢ)芝2000m 10着(安田騎手)
3/22 中京記念(GⅢ)芝2000m 8着(村本騎手)
4/5 産経大阪杯(GⅡ)芝2000m 4着(村本騎手)
5/3 メトロポリタンS(OP)芝2300m 2着(武豊騎手)
5/17 新潟大賞典(GⅢ)芝2200m 4着(内田騎手)
5/30 エメラルドS(OP)芝2500m 1着(村本騎手)
6/21 金鯱賞(GⅢ)芝1800m 1着(村本騎手)
7/12 高松宮杯(GⅡ)芝2000m 12着(村本騎手)
8/30 小倉記念(GⅢ)芝2000m 1着(村本騎手)
9/20 オールカマー(GⅢ)芝2200m 1着(村本騎手)

2月から始動し、走るごとに徐々に順位を上げていきます。5月エメラルドSで勝利すると、6月金鯱賞で堂々の1番人気に!村本騎手とのコンビで、その人気に応えて初重賞制覇!初出走から33走目のことでした。

続く高松宮記念杯は惨敗しますが、昨年3着だった小倉記念で堂々の1着!2度目の重賞制覇を果たします。2着馬は、この年の天皇賞秋を制するレッツゴーターキンですから価値ある勝利です。

さらに、オールカマーを制して連勝!ここにきて充実してきました。なお、最終的に9勝するイクノディスタスですが、うち8勝が5月から9月で、夏女だった…とも言われています。

10/11 毎日王冠(GⅡ)芝1800m 2着(村本騎手)
11/1 天皇賞秋(GⅠ)芝2000m 9着(村本騎手)
11/22 マイルCS(GⅠ)芝1600m 9着(村本騎手)
11/29 ジャパンC(GⅠ)芝2400m 9着(村本騎手)
12/27 有馬記念(GⅠ)芝2500m 7着(村本騎手)

この勢いで秋のGⅠ戦線に乗り込みます!10月毎日王冠は、ダイタクヘリオスに次ぐ2着に食い込みます。GⅡでは初の連対でした。

天皇賞秋で、エリザベス女王杯以来2年ぶりのGⅠ。前走の好走で4番人気で挑みますが、ここは9着に。その後、マイル・ジャパンC連闘し、11月にGⅠを3戦、有馬記念にも挑み7着。

なお、オールカマーから有馬記念までの鬼ローテーション。これは89年批判されたオグリキャップのローテーションと全く同じでした。上位とはいかずも、一桁順位をキープする安定感。また、ジャパンカップ以外は、1着馬と1秒以内をキープ。鉄の女っぷりをいかんなく発揮しています。

なお、この年の重賞3勝が評価され、最優秀5歳以上牝馬に選出されています。

93年安田記念:大万馬券2着!牝馬賞金女王へ!

翌年1993年も現役を続行します。

1993年
3/21 日経賞(GⅡ)芝2500m 6着(村本騎手)
4/4 産経大阪杯(GⅡ)芝2000m 6着(村本騎手)
4/25 天皇賞春(GⅠ)芝3200m 9着(村本騎手)

でしたが、日経賞・大阪杯・天皇賞春と、掲示板に乗ることはできませんでした。年齢も高くなっていて、さすがに厳しいかと思われました。

続いて選んだのは中3週間の安田記念。相変わらずのローテーション、しかも前走天皇賞春3200mから、1600mと半分の距離になります。109倍の14番人気となってしまいます。

レース、直線に出るまではイクノディスタスは10番手付近に控えます。今までは先行レースが多かったのですが、このレースは後方待機でした。直線でヤマニンゼファーが抜け出してそのまま優勝。2着馬が大混戦で、4頭が雪崩れ込んできます。

5/16 安田記念(GⅠ)芝1600m 2着(村本騎手)

スローモーションで確認すると、残り100mになってから、馬群をかき分けるようにしてイクノディスタスが上がってきて、ハナ差で2着確保していた!14番人気牝馬の大波乱!1着馬との馬連は、68,970円の大万馬券!直線で一度も名前を呼ばれなかったことから『くノ一』とも言われました。

イクノディスタス陣営も予想外の健闘!ずっと騎手を務めていた村本騎手でさえ「こんな走りをするとは…出てみるものだ」とコメントしています。

そして、このレースでの賞金加算で、ダイイチルビーを抜き去り、当時の牝馬賞金女王に!ダイイチルビーは短距離路線でGⅠを勝っている名馬。これを、GⅠ未勝利のイクノディクタスが追い抜くというところに、ドラマ性を感じますね。

93年宝塚記念:連続GⅠ2着!のち、賞金獲得は牝馬初5億円超え!

この勢いのまま、GⅠ3連続となる宝塚記念へ。このレースには、当時の最強馬メジロマックイーンが出走して、断トツで一番人気。イクノディクタスは8番人気となっていました。

良馬場発表でしたが、実際は内側が結構荒れている状態。オースミロッチのみ内側を走り、他の馬はメジロパーマーを先頭に、真ん中付近を走るレースとなりました。イクノディクタスは最後方に控えます。

第3コーナー付近から、本命馬メジロマックイーンが仕掛けて、最後の直線では外側から先頭に。内側オースミロッチが2着を進みます。徐々に浮上してきたイクノディクタスは、大外から3番手争いとなっています。

残り200m切ってから3番手から抜け出してきて、ぐんぐんと追い込んできます。ゴール版手前で、オースミロッチを差し切り2着!なんとGⅠレース連続で2着に食い込みます。

6/13 宝塚記念(GⅠ)芝2200m 2着(村本騎手)

この獲得賞金を加算して、牝馬として初めて賞金獲得が5億円を超えました!まだ牝馬の古馬重賞路線が確立されておらず、GⅠ制覇に手が届かない中で、とても価値が高いものでした。

6/26 テレビ愛知OP(OP)芝2000m 1着(村本騎手)
9/19 オールカマー(GⅢ)芝2200m 7着(村本騎手)
10/10 毎日王冠(GⅡ)芝1800m 7着(村本騎手)
10/31 天皇賞秋(GⅠ)芝2000m 10着(村本騎手)
11/14 富士S(OP)芝1800m 8着(田島騎手)

その後、オープンレースに勝利。秋の重賞レースにも出場しますが、徐々に成績低下。連覇がかかっていたオールカマーでは、ツインターボの7着に。天皇賞秋で出走回数50回、重賞レース出走40戦となりますが、10着と大敗します。

51戦目オープンレース富士Sに出走しますが、マチカネタンホイザの8着。これ以上上がり目は厳しいとみて、引退となりました。

最終的に獲得賞金は5億2660万円の当時の牝馬賞金女王。ちょうど牝馬が伸び始めてきたところで、1週間後にシンコウラブリィに抜かれはしたものの、さすがウマ娘化されただけあるんだなという結果です。

また、ウマ娘的にみると、アニメ内で、チームカノープスで一緒になったナイスネイチャ・ツインターボ・マチカネタンホイザの勝ち鞍のレースに、一緒に出走しているのは、なんだか運命的なものを感じました。

繁殖牝馬:メジロマックイーンと賞金王同士の交配

宝塚記念でワンツーとなったメジロマックイーンは縁があります。同期で、さらにメジロマックイーンは、世界で初めて賞金獲得10億円超え達成!ほぼ同時期に、牡馬最高賞金獲得と牝馬最高賞金獲得となっているのです。

さらに、メジロマックイーンの主戦騎手を務めていた武豊さんが、「メジロマックイーンはイクノディスタスに思いを寄せているのでは?」と発言。普段は落ち着いているマックイーンが、イクノディスタスがそばにいるとソワソワし出すとか。

そのためか、引退後、繁殖牝馬入りしたイクノディスタスが最初の孕んだ子は、メジロマックイーンとの交配でした。夢がある組み合わせで、武豊さん騎乗でデビューさせていました。残念ながら、未勝利に終わりましたが…

なお、アニメウマ娘内でも仲がいい設定になっていました。

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出典:アニメウマ娘2期8話より

この時は、メジロマックイーンが1993年天皇賞春のレースで、3惜しくも3連覇を逃した直後のシーン。ベンチで物思いに耽っているところで、イクノディクタスが話しかけています。

アニメ内では、ここまではこの2人の辛みがほとんど無かったので、史実を知らない方は、ちょっとびっくりしたシーンではないでしょうか。この次の宝塚記念でワンツーになっていますので、ここで絡ませたのでしょう。

なお、その後のイクノディスタスは、2009年に繁殖牝馬を引退。その後、功労馬として末永く生活。ファンからは「イクノ姉さん」と愛されていました。2019年2月に老衰のため32歳で死去。人間で言うと90歳代の長生き、大往生でした。

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